家族の陰性感情

執筆|トキワ精神保健事務所

今でこそ「毒親」の概念も幅広く知れわたり、「親とは絶縁しています」「家族とは距離をとって生きています」という宣言も、受け入れてもらいやすくなりました。それでも未だに、「親子なんだから」という、ある種の「家族信仰」が、根強く残っていると思うこともしばしばです。

弊社では、お互いが「死」を覚悟するほどに至ってしまった家族の問題に携わっているため、介入後の親子関係の修復の難しさは、身に染みて感じています。とくに改善が難しいのが、親の、子供に対する否定や嫌悪の感情です。メンタルヘルスの専門用語でいうと、「陰性感情」と呼べるものです。

「子供を殺してください」という親たち (BUNCH COMICS)より)

弊社が携わるケースでは、本人の入院治療中の経過や、退院後、グループホームなどに入所した際の生活状況について、親御さんに随時、報告をしていますが、それに対する親御さんの反応は、ネガティブなことが多いです。 たとえば、第三者から見ると「ずいぶん快復したな」「頑張っているな」と思えることでも、親からみれば「まだまだ」であり、「自立にはほど遠い」と考えてしまうようです。そこには、「もう一緒には暮らしたくない(=親に頼らず自立してほしい)」という率直な思いも含まれています。

弊社に相談する段階では、子供への愛情を思わせる発言があっても、実は、子供に対する陰性感情が強くあり、自分たちの手から離れた瞬間に、子供の存在そのものを生活の中から消し去ってしまいます。

また、本人が過去のことや親との関係に関して本音を吐露したときには、それを受け止め、親にフィードバックするのですが、「それは本人に都合のよい理屈を言っているだけ」「そんなことがあったかしら」などとお返事がくることもあります。

もちろん、親が否定的、疑心暗鬼になってしまう背景には、それなりの歴史があります。本人から暴力を振るわれたり、暴言を吐かれたりした。何度も嘘を吐かれたり約束を破られたりした……そういった長年のネガティブな出来事の積み重ねが、本人への強固な「陰性感情」につながってしまっています。

精神科病院やクリニックの中には、親にも家族教室に参加するよう促し、親子関係の修復に努めている病院もあります。それで関係修復できる家族も、もちろんあると思います。しかしそれは、親に子供と向き合う気力・体力が残っている場合に限られるのではないかとも思います。

中には、どちらが悪いというのではなく、家族とはいえ、気質や物事の捉え方、趣味嗜好がまったく異なり「これではソリが合わない、理解しあえないだろう」と思える親子、きょうだいがおられることも事実です。生きていれば絶対に気の合わない人、仲良くなれない人が存在するように、親子間でも同じことが言えるでしょう。

そして、親が徹底した「陰性感情」を抱いている以上、本人が家族のもとに戻ることは、良い選択にはなりえません。それよりは、グループホームなどの居場所を通じて、さまざまな病状、家庭事情の方とふれ合い社会を知ることのほうが、自分自身を振り返ることにもなり、遙かに回復や自立につながります。

実際に弊社の経験では、親とソリの合わない子供ほど、親から完全に離れることで、憑き物が落ちたかのように激しい陽性症状が収まる場合が多いです。

ただし、このことを本人に理解させることは、なかなか難しいことも事実です。子供は、過去にどれほど親に不平不満を言い募り、暴力などを振るっていても、心のどこかで「親が自分を見捨てるはずがない」という思いをもっているものです。

また、入院治療やグループホームでの生活は、一定の制限がありますから、「早く退院(退所)して、親元での自由な生活に戻りたい」という思いや、「この先も親に経済的に面倒をみてほしい」という打算もあり、なんとか親と連絡をとろうとします。年齢的なものやこだわりの強さなど、自立への道が険しい方ほど、親への執着が強いことも事実です。

ときどき困惑するのは、メンタルヘルスの専門家である方の中にも、「家族信仰」の強い方がおられることです。「親が子供を見捨てるなんて、ありえない」「本人は親を求めている」「親なんだから、面倒をみるのは当たり前」という声があがります。その理屈は、実は、家族の問題に立ち入りたくないがゆえに出ている場合も多いです。その専門家が、どこまでの覚悟をもって当事者の治療や回復に関わる気があるのか、分かってしまう発言でもあります。

「命」が脅かされるほど家族関係が崩壊しているケースにおいては、退院後、家族間で二度と命のやりとりが行われないよう環境を整えることも、重要な支援の一つのはずです。「親子なんだから」という言葉で片付けることは容易ですが、ここまでこじれてしまう親子、家族の問題もあるということを知り、家族全体から発せられるSOSに耳を傾ける。それが、親子・家族の問題に悩む当事者の方々の、受け皿にもなるのではないかと思います。

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